立体美術家 井戸えりさんがつくるバッグは、 まるで血が流れる生き物のような生命力を持っている。ひとつひとつが今にも動きだしそうな存在感。
色彩学の常識をくつがえすショッキングな色あわせと、自分で染めた生地などを使用した異素材の組み合わせは、センス抜群でとってもお洒落だと評判。 個性豊かな手作りバッグは、ギャルから年輩の方まで、幅広い年齢の女性たちのハートを射止めている。
創作は日常生活の一部 即興で始まり即興で終わるという作品づくり。バッグの創作は日常生活の一部になっているという。
「通勤の電車の中、お風呂の中でフエルトを固め、御飯を食べながらステッチし、お酒を飲みながら針仕事・・・なんて日もあります。この前は酔っぱらって、かばんのトッテを逆向きに縫い付けてしまい大変でしたよ(笑)」 もともと模型を作ったり、図案を書くなど、綿密な計画をたてて作るタイプではなかった。あいまいな感覚を形にしていく。 えりさんは、香り、音、触感などの五感に敏感で、どちらかというと不快なショックを受けた時アイデアが浮かぶという。
「マニュアルにそったものは無いので、評価を得られるかどうかはわかりません。逆に人からいいね!と言われるとびっくりするぐらいです」
小さい頃から、面白い物をとにかく手づくり! 幼少時代、手芸好きでちょっぴりエキセントリ ックな母親から影響を受けたというえりさん。水着や赤白帽にまで刺繍が施されたとか。 「私の母は、目に留まる物で針が通りさえすれば、T・p・oなんかには容赦なく、また何の躊躇もなく刺繍しまくりました。・・・今の私自身の針仕事の仕方を見ると『血』かなと思ったりします。(個展DMの文章より抜粋)」
家の中に常にあった毛糸のあまりや、布の端切れを集め、ぬいぐるみの服を作ったり、ペイントをしたりしていた。小学校に入ると編み物を始め、マフラーやバッグを作るようになった。
美術高校生時代は、テクノブームに影響を受け、お洒落に目覚める。 しかし、お洒落をしたくても店には、自分の着たい服はなかなか売っていない。ならば作ってしまえ~ということで、現在の作品のルーツとなるファッションの世界に足を踏み入れる。
「工作のような服を見様見真似でつくってましたね。 例えばショッキンググリーンの生地を、全面円に裁断したスカートに鈴をつけたり、腕が4本ある服を作ったり・・・造型の面白さにひかれて作ってました」
型紙も無く、ただ自分の身体のラインに沿って生地を裁ち、上着なら頭さえ入ればオッケー、ボトムならウエストゴムさえ入れれば着れる!という勢いで、一風変わった服を沢山作って着こなしたという。
リアルな日常をもっと楽しく! 美術染色系の短大を卒業後、麻のロープや和紙を使用し、折ったり結んだり束ねたりして、3~10mほどの立体オブジェを制作し表現し続けた。
女性の内面を吐き出したようなオブジェ作品は、「女性の評判は非常に良かったものの、なぜか男性にはすこぶる不評でした(笑)」
5年程前から、上手くまとまった小奇麗な立体作品が増えていく。 「人の目とか、ギャラリーの売り上げの事を考える事が多くなってしまったんです」 良くいえば"洗練"という言葉に納まるかもしれないが、そんな作品作りに、えりさん自身が楽しめなくなっていた。
自分らしさを求め、方向性を模索していくうちに、日常生活で身につけるモノに興味が涌いてくる。 "実際の生活の中で楽しめるものを作りたい。基本的な生活をもっと楽しみたい"という強い欲求が躍り出てきたという。今から4年前のことだ。
常識ととんでもない世界のボーダーライン? アートの切り口から考えると自分には何ができるのか。模索していった結果、造形的に遊べるバッグ作りに興味が集中した。帽子や洋服も、作って発表してはみたものの、バッグの制作ほどにはひかれなかった。 「中に入れるもので形が変わるなんて、(バッグは)なんて面白いんだと思いましたね!」
最近は、年に3回ほど展覧会を行なう。来てくれるお客さんには、手持ちのワードローブに無い色をすすめるという。お客さんも、えりさんの期待にこたえてか、本人のイメージに会わないバッグを買って行くことが多いという。 「期待や予想を裏切られるのが楽しいんですよ」
日常で常識といわれる世界と、そこからズレた、とんでもない世界。そのスレスレ、境界線を楽しむ。一歩間違えたらクレイジー・・・緊張感がみなぎる。
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