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能や歌舞伎、文学の技法を取り入れた地唄舞は江戸中期に関西で生まれた。全身を完璧な緊張感で包み込み静かな心の内を表現する。松本さんは12年前、東京でたまたま見た地唄舞の舞台に大きなショックを受けた。劇団では少しは演じることを勉強していたが、まったく「無」の中で体現する踊り手に「こんな世界があるとは!と電気が走った」という。
持ち前の行動力で地唄舞の名手・出雲蓉さんに弟子入りを志願。古典芸能は幼少期から慣れ親しんでいなければ無理といわれながら「どうしても」とあきらめなかった。名古屋市内で放送局に就職してからも、東京と名古屋を往復しながらけいこを積んだ。しかし、地唄舞でトップにたつのは夢のまた夢。「ならば、私にしかできない舞とは?」。仕事としていた語る事、すなわち「動」と地唄舞の「静」を取り込んだ舞。物語にあわせて曲を作り、ストーリーをせりふにした”語り舞”を思いつくのに時間はかからなかった。
しきたりや作法を重んじる世界で常識を破るのは簡単ではない。しかし、かつてパントマイムと日本舞踊を融合させた師匠は「あなたの舞台だから、振り付けもすべて自分でやりなさい」と理解を示してくれた。舞台セットや衣装に頼らず、体一つで表現する。自らに試練を課して迎えた1997年の初舞台では「一人芝居のようでわかりやすい」「語りの比重が大きすぎる」「まだまだ一体にはなっていないが可能性はある」と反響があった。
「歩みがのろいって、師匠に言われるんです。」99年春にテレビ局を退社、フリーで仕事を続けながら自分を律してけいこに励む。テーマにしている源氏物語の世界も、年を重ねるごとにその深さに心が震えるようになった。いつの日にか、歌舞伎や狂言に並んで語り舞が日本の伝統芸能に数えられることを夢見ている。
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